専門職が関わる問題への報道の壁:専門知識、職業倫理、組織の閉鎖性がいかに情報を阻むか
はじめに
「メディアの壁」では、報道の自由を阻む様々な圧力や困難に焦点を当てています。政治権力、経済界、社会の特定の組織など、その源は多岐にわたります。今回は、専門職、特に弁護士、公認会計士、経営コンサルタントといった分野が関わる問題や不正に対する報道が、なぜ特有の困難に直面するのかを深掘りします。これらの専門家は社会的に高い信頼を得ている一方、彼らが関与する複雑な問題や自身の不正行為は、その専門性、厳格な職業倫理、そして組織の閉鎖性によって、報道の網からこぼれ落ちやすい傾向にあります。これは、市民の「知る権利」にとって看過できない障壁となり得ます。
専門性の高さがもたらす情報への障壁
弁護士、会計士、コンサルタントといった専門職が扱う領域は、高度に専門化されており、一般の記者がその内容を十分に理解するには相応の知識と学習が必要です。例えば、企業会計の不正を報じるには、複雑な会計基準や金融取引に関する深い理解が不可欠です。また、法律問題に関する報道では、関連する法令や判例、訴訟手続きに関する専門知識なしには、問題の本質や影響を正確に伝えることは困難です。
この専門性の高さは、以下の点で報道を阻む壁となります。
- 内容理解の困難さ: 記者が問題の核心を掴むのに時間がかかったり、誤解が生じやすくなったりします。
- 情報源の限定: 専門的な内容について信頼できる情報を得るには、同じ分野の専門家からの証言や解説が必要となることが多く、情報源が限られます。
- 一般向け説明の難しさ: 専門用語を避けつつ、複雑な問題を平易な言葉で説明する技術が求められ、報道のハードルが高まります。
専門家側も、非専門家である記者に対して、意図的に専門用語を多用したり、情報の核心部分を曖昧にしたりすることで、実態の把握を困難にさせることがあります。
厳格な職業倫理と秘密保持義務
多くの専門職には、依頼人や顧客に関する情報を厳重に保持する義務が課せられています。例えば、弁護士には依頼人との間の秘密を漏らしてはならないという守秘義務があり、公認会計士にも業務上知り得た秘密を守る義務があります。これらの義務は、専門家と顧客間の信頼関係を構築し、正当な業務遂行のために不可欠なものですが、これが報道においては大きな壁となります。
- 取材源の特定と証言の困難: 不正や問題を内部から知っている専門家が情報提供することに、倫理的・法的な制約を感じるため、取材源を見つけ出し、証言を得ることが極めて困難になります。
- 内部告発への躊躇: 例え組織や顧客の不正を知っていても、職業倫理に反するのではないか、あるいは秘密保持義務違反に問われるのではないかという懸念から、内部告発を躊躇するケースが多く見られます。
このように、専門職の倫理規定や秘密保持義務は、報道機関が問題の真実に迫る上で、超えるのが難しい障壁となるのです。
組織・業界の閉鎖性
弁護士会や公認会計士協会といった専門家団体は、その会員に対する指導、監督、懲戒などを行います。しかし、これらの専門家団体や、彼らが働く事務所・法人は、一般的に閉鎖的な体質を持つ傾向があります。
- 情報公開の限定: 内部での調査状況や懲戒処分の内容などが、詳細に外部へ公開されないケースが多く、透明性が低い構造があります。
- 「身内」意識と擁護: 業界内の強い横のつながりや「身内」意識が働き、問題を起こした専門家を擁護したり、外部からの批判的な目を避けたりする傾向が見られます。
- 取材への非協力的姿勢: 専門家団体や大手事務所などが、所属する専門家に関わる問題について、報道機関からの取材に対し、沈黙したり、定型的なコメントに終始したりすることが少なくありません。
このような組織や業界の閉鎖性は、専門家が関わる問題が表面化しにくい環境を作り出し、報道機関による追及をさらに困難にしています。
報道が阻まれることの影響
専門職が関わる問題への報道が困難であることは、社会全体に深刻な影響を及ぼします。
- 不正や不祥事の見過ごし: 企業会計の不正、M&Aにおける不正行為、訴訟における不適切な弁護士の行為などが、明るみに出ないまま放置されるリスクが高まります。
- 専門家に対する適切な評価の妨げ: 専門家の能力や倫理に関する正確な情報が不足することで、市民や企業が適切な専門家を選ぶ判断が難しくなります。
- 透明性・説明責任の後退: 社会的に重要な役割を担う専門家やその組織の活動について、透明性や説明責任が十分に果たされない状況が生まれます。
市民としてできること・考えるべきこと
専門職が築く情報の壁は強固ですが、市民としてこの問題に関心を持つことは重要です。
- 情報の多角的な確認: 専門家が関わるニュースに接する際は、一つの情報源に頼らず、複数の情報源や異なる視点から情報を確認するよう心がけます。
- 専門家団体の透明性への関心: 専門家団体に対し、調査や懲戒に関する情報のより積極的な公開を求める声を上げること。
- 内部告発の保護: 専門職に限らず、組織内の不正を正すための内部告発者を保護する制度や社会的な環境整備の必要性を認識し、支持すること。
結論
弁護士、会計士、コンサルタントといった専門職が関わる問題への報道は、その専門性の高さ、職業倫理に基づく秘密保持義務、そして組織・業界の閉鎖性という複合的な要因によって、常に困難を伴います。これらの壁は、単に報道の自由を制限するだけでなく、社会の透明性を低下させ、不正や問題が見過ごされるリスクを高めるものです。市民が「知る権利」を十分に保障されるためには、これらの専門的な領域における情報の障壁を理解し、その克服に向けた継続的な議論と努力が不可欠であると言えるでしょう。